【月刊Hanada】小川榮太郎独占手記 私を断罪した者たちへ/松浦大悟氏との対談:封殺された当事者たちの本音

月刊Hanada12月聖夜号に、「小川榮太郎独占手記 私を断罪した者たちへ」と、松浦大悟氏との対談「封殺された当事者たちの本音」が掲載されました。


著者コメント:
◯「独占手記」について
新潮45掲載エセーへの非難の嵐に対して、私はまず冒頭で次のように語り始めています。
「……ところが私への出演依頼はアベマTV、よるバズのみ、取材は週刊文春のみだ。それ以外は新聞、テレビ、週刊月刊誌とも接触さえしてこない。私の声を載せようとの申し出も本誌一誌のみだ。
 一体、日本の言論はどうなってしまったのか。
 ここまで本人不在のまま社会的断罪を個人に向けて、何が言論の自由か、多様性の尊重か、タブーに挑戦か。
私のあれしきの表現が、物書きや編集者を軒並み怖がらせたとは情けない。私が踏んでみせた地雷を皆が怖がるから、それで益々それが地雷になる。沈黙を守ったり、中身の検討抜きに私を罵倒する事で、タブーにしてはならぬものがタブーになるのだ。
こんな事で将来中国などの全体主義権力が日本の政治や司法に手を出してきた時、日本の言論界は自由の砦になれるのか。
寒心に堪えぬ脆弱さではないか。」

以下私への断罪者への言葉の礫が炸裂します。少なくとも何人かの方は言論で答える責務がある。
逃げる事はもう許されない。
読まずにワーワー言う世情に対抗してきちんと読んだ対話を増やしてゆきたい。ぜひ御一読ください。

◯対談について
ゲイの立場で活動しておられる松浦大悟さんとの対談も発表しました。いい議論が出来ました。今後に繋がる確実な一歩です。左翼活動や反安倍活動にLGBTが悪用されない為に、欧米と日本の歴史的・社会的・宗教的な大きな差異を理解した上で、適切な法的、社会的対処や理解形成へと焦らずに、みっちりと民間での議論を積み重ねてゆきたいと思います。私の文学の営みの根本にはまさに「性」があります。専門家とまでは言いませんが(笑)政治や法以前に性を文学的文脈でとらえるところから始めるのが筋です。 私を差別主義者と罵ってきた方々はぜひ具体的な議論、きちんとした言葉と論理をもって私に挑んでいだきたいと思います。コトバの応酬であるかぎりにおいて、たのしみにしています。

◯こちらの新聞広告について
「『新潮』矢野優編集長へ公開詰問!」とあります。なぜ最も歴史ある、かつては長く日本文壇史の大黒柱だった雑誌の編集長を私が「公開詰問」せねばならないのか。私に関する私事でもなければコップの嵐でも炎上商法でもありません。これは表現の自由と文学に関する「歴史的事件」です。
 また、拙文を読んでいただければ分る通り、矢野氏は私に公開で回答する責務があります。また、矢野氏のみならず新潮社内で新潮45廃刊に動いた社員諸君、煽動したかされた作家諸君も、表に出て私と言葉で対峙する責務があります。
 文壇ごっこや党派ごっこでなく、言葉の力、個人の資格できちんと対決してください。