小川榮太郎理事長が第18回正論新風賞を受賞しました

小川榮太郎理事長が第18回正論新風賞を受賞しました

この度、日本平和学研究所理事長・小川榮太郎が第18回正論新風賞を受賞致しました。平成29年12月6日付産経新聞朝刊に掲載されました、受賞の言葉は以下のとおりです。

光栄と厳粛―。正論新風賞をお受けするに当たっての率直な感想です。
「自由と民主主義を守り、個人と国家の尊厳が大切にされる社会を築く」正論路線こそは、私が、この数年、言論人として死守しようとしてきた道であると共に、今、日本社会の中枢で存亡の危機に晒されている価値規範といえるからです。
私は元来、文芸の徒であって政論の徒ではなく、道理を説くよりも、風雅に遊び、美を見極め、孔子の「中行の徒なれば、狂狷(きょうけん)か」という「狂狷」に近い生き方をしてきました。
しかし、今、日本は、私のような微力な文士が、風狂に身を任せ、美に遊び得ないほど、国の土台が壊され続けています。
風狂転じて安倍晋三氏再登板運動に身を投じたときに、私の中で二足の草鞋が始まりました。
日本の心を深く尋ね、静かな言葉を紡いでいく文芸。
一方で、国の土台である「自由と民主主義」「個人と国家の尊厳」を様々な形で突き崩そうとする勢力との、言論を通じての戦い。
前者は、今や、記紀万葉以来昭和まで連綿と続いた文芸伝統の急速な終焉の危機を迎えています。文芸は自分の思いを好きな言葉に託せばいいというものではありません。T・S・エリオット、小林秀雄、福田恆存らを引くまでもなく、それは伝統に連なることで伝統と新しく、「国語という大河」に深く身を浸すことによって、新たなびと表現を国語から偸(ぬす)む営みに他なりません。古典との対峙を疎かにする民族に文芸の未来はあり得ないのです。
一方、日本の現実は、GHQ以来の「閉ざされた言論空間」による国民の囲い込みを巡る最終戦争に入ったかのように見えます。そこでは、書を捨て、言論空間を不当に支配する者たちへの戦いを挑み続ける荒業と緊迫が続きます。
いわばこうした正反対の営みの中で、自分の言葉や節操をどう守り続けるかを忘れれば、両者の間の深淵に身を落とすだけだという覚悟が、私を支えてきました。
戦いは厳しく孤独です。この危機の年の瀬に正論新風賞。孤独に疲れた翼を支える強く温かい上昇気流のように、心に強く響きます。
心からの感謝を申し上げて謝辞といたします。

・ ・ ・ ・ ・
受賞の言葉に先立ち、昨晩配信された産経ニュースには、小川理事長受賞の理由として「国語の空虚化や文学の衰退など日本人の核となる精神の喪失が最も深刻な危機と訴える姿勢」が評価されたとありました。その姿勢は、日本平和学研究所の姿勢そのものであり、設立から目まぐるしく変わりゆく日々の中で失わんとし、来年からの新たな取り組みに向けて掴み直さんとしているものです。この大変光栄な機会に接し、日本平和学研究所としても、より一層努力して参りたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

関連記事:正論大賞に新保祐司氏 新風賞は小川榮太郎氏、三浦瑠麗氏