【大江健三郎さんへの手紙】月刊正論11月号掲載論文 予告特集<前編>

『月刊正論』平成28年3月号に発表した“吉永小百合さんへの手紙”が大変話題となった小川榮太郎でしたが、10月1日発売の同誌では、大江健三郎氏へ向けた文章が掲載されます。今回はその予告として、小川榮太郎の本人Facebookの投稿を振り返りながら、どのような経緯を経て執筆されたかをご紹介致します。こういった試みは意外と珍しいのではないかと思いますので、これから雑誌論文を書きたいと思っている方の参考にもなるかもしれません。それでは、締切の約10日前から見てい行きましょう。

●9月7日午前9時45分
今週は別の原稿の為に大江健三郎氏を集中して読む事になる。作家としての文業の達成と政治的発言のナンセンスさや非良心的な開き直り――さういふ事も含め、ステレオタイプな大江批判はもう出尽くしてゐるだらう。私はまづ虚心に読み込みたい。

(スタッフ:この時点ではまず、大江氏の幾つかの代表作や最新作に目を通していると思われます。何と言ってもノーベル文学賞受賞者ですので、まずは作品を熟読せねばなりませんね。)

●9月7日午後5時53分
大江さんの仕事を虚心に読むと偉さうなことを書いたが、最近の政治的発言を読み始めたら、心臓の調子がをかしくなり、心が不思議なほど重くなつてきた。忍耐忍耐。笑顔笑顔。

(スタッフ:初日で早速大ダメージのようです。相当しんどい様子が伺えます…)

●9月8日午前9時45分
今日から讀書に集中する。中央公論の日本の文學『石原慎太郎・開高健・大江健三郎』の久々の再読から。輝いてゐたなあ。彼らも日本も。戦争に負けて左翼全盛で貧乏で……。しかし本当に輝いてゐたなあ。彼らがデビューした時、永井荷風、正宗白鳥さへまだ存命中だつた。荷風、白鳥、谷崎、佐藤春夫、志賀、川端、井伏、石川淳、武田泰淳、三島、安部公房、石原や大江の初期作品が共存してゐた。そして三好達治以下の詩人ら、小林秀雄以下の批評家らの洪水のやうな毎年の豊作。
それにしても、あの頃の石原さんも大江さんも言葉が輝いてゐたなあ。理由は分らないが何か涙が出るよ。

(スタッフ:大江氏の文学作品以外にも、文芸誌や全集の付録等に収録されている座談会での会話なども参照している内に、時代の空気感を味わった模様です。)

●9月10日午後4時32分
今日は終日大江氏初期読書。さすがに大江主要作となれば、今回再々読以上になるが、はつきり最初から私は認められないと初めて痛感した。政治的な理由ではない。もつと根深いたちの悪い背徳をこの人物は最初から抱へてゐると感じる。近く評論で考へた事の一端を書く。否定は好きではないが、大きな前進につながる議論にしたい。今日中に大昔から一気に最新作品通読にゆけるかな。
新聞に松井今朝子氏『料理通異聞』の広告が出てゐた。先日幻冬舎の見城社長と会つた折頂戴して、帯に酒井抱一が登場人物とあり興味を持つてゐたが、広告を見ると縄田氏が最近10年で読んだ最も美しい小説と書いてをられる。これは大変な事ではないか。大江さんを読み終へたら急ぎ読みたい。私は優れた同時代人に飢ゑてゐる、批評家としても人間としても。丈の高い人間たちよ、いでよ。

(スタッフ:酒井抱一と言えば七代目子孫の酒井抱美氏を、チャンネル桜の番組ゲストにお迎えしたばかりでしたね。縁を感じたようです。)

●9月13日午前7時23分
今、大江へのおべんちやら文學評論を幾つか読んでゐるが、戦後文学における三島由紀夫、安部公房、江藤淳のそれぞれ早過ぎる死、石原慎太郎の政治への転身の結果、この人物が大きくなり過ぎたことの弊害を思はざるを得ない。大江的な味付けの前衛文學はヨーロッパの戦後の流行りである。ヨーロッパの戦後文化自体が確実に歴史の藻屑と消え、ヨーロッパの終焉を早めるだけの代物なので、それにただ乗りした大江文學が残る筈もない。大江氏はヨーロッパの前衛と日本の戦後左翼といふ二つの時流に乗つた。どちらも根底から崩壊する前夜である。
文学者ならただ乗りは駄目。クリティカルに関はらなくては。大江さんは秀才だが、クリティカルに対象に関はる能力がない。三島とも安部ともそこが全く違ふ。

(予告特集<後編>へ続く)

 


いかがでしたでしょうか。『月刊正論』では、冒頭で発言している通り、”ステレオタイプな大江批判”とは一線を画する、深い読みと問いかけをしています。発売は10月1日(土)です。全国書店、インターネットでお買い求め下さい!